恍惚の県会議員

斉 藤 新 録 氏
(自民党新政会)


 
斉藤新録氏

 この時代、県会議員が小物になってしまった。その小物が先輩に逆らい議会を混乱させ、陰に隠れて悪口の言いたい放題、さて選挙となれば出来ない事を喋り捲り信念なんか次の次、新幹線・新幹線と唱えれば良いかのように旅行者が大きな荷物を背負い温泉駅の階段を昇り降りしている事を知っているのだろうか。
芦原温泉駅の階段は何段あるの?地元選出の県会議員さん。



県議会六月定例会は初日二七日、議長人事を巡って紛糾。最大会派の県会自民党とそれ以外の会派との話し合いが難航し、正副議長から出された辞職願が否決される全国でも例を見ない事態となり、一人の議員の権力と私物化、国会議員の介入が浮き彫りになった。
 自由民主党の基本方針は、すべての人々の人格の尊厳と基本的人権を尊重する、真の自由主義・民主主義の政党であるとされている。
 しかし、福井県議会の自由民主党は一本化されず、事もあろうに(県会自由民主党・自民党新政会・一志会)三会派に分裂し、互いに足踏みが揃わないのが現状では議会運営が進まず県民が福井県の発展に期待できない。
 自民党新政会に所属する斉藤新録議員にスポットを当てて見ると、この御人は本当に自民党なのか疑いたくなる。「新録ホームページ」を開くと、「俺の〃行動の良し悪しってのは、俺が自分で決めることだ。これをアレコレ批判するのは〃他人の勝手〃ってもんだ。俺の知ったことではない。」 有権者の県民にしてみれば、馬鹿にするなと叫びたくなる。県民は常に幸福を追求し、我が故郷(福井県)の発展、親のため・兄弟のため・子供のため・友のため・恩師のためと、日夜努力をし生活をしているにも関わらず、「俺の知った事じゃない」とは県会議員としてあまりにも無責任すぎる言動ではないか。
 このような人物が県会議員で会派の幹事長では、福井県は他県に大きく差が付けられ、見放されるのも時間の問題だ。
 また、斉藤新録議員は自民党なのか野党なのか考えさせられる人物で、日本国旗を嫌い、日の丸のある部屋に入る事を嫌う人物で、何の為に国旗・日の丸を嫌うのか、その真意さえ答える信念もない空け者・呆気者と言われ、県会議員としての資格があると言える人物ではない。
 「自分の心描く己の姿に、恍惚(こうこつ)として眺め入っているために、当然あるべき己の姿が目に入らぬ動物」斉藤新録議員をこう定義したい。「悪魔の辞典」の人間の項には、まだちょっと続きがあるが今日の斉藤新録議員に重なってくる。
 それぞれの考えはあるだろうが、議員が県民から選ばれた代表者である事を忘れ、好き気儘な行動をし「自分の心に描く己の姿に恍惚として」あるべき姿を見失ったか。
それが習慣となっていたとすれば悲しすぎる。
 自民党の敗退が目に見えて明らかである。


2008 /07/22記